風と香りの中で 72

カラン カラン相変わらずここの扉は、働いている。
2人は、入ると直ぐにいつものウエイトレスが2人とも居るのを確認すると、
星一も弘幸も心臓の鼓動が早くなった。

居た!星一は、居ないだろうとの思いの方が強かったのか、思わず小さく声になって言ってしまった。
聞いてた者も居なかっただろうけど、やっぱり、以前と比べ客が少ないと感じた2人だった。

初めて来た時の席が空いていたので、迷う事もなく2人はそのテーブルにして、ゆっくり下を向いて座った。

弥生は、突然現れた、星一に驚き慌てた。
澄江と理沙の3人で決めた策の為に用意した、名前と電話番号に、一度お電話くださいと書いたメモを、
エプロンのポケットにいつでも渡せるように入れていた。

「まさか、今日来るなんて!」それはきっと、いつ星一が来ても同じ事を思ったのだろう。
妹のかすみは、うれしそうに注文を取りに来た「いつもの!」何て言う程常連でもなかったので、コーヒーを2人とも頼んだ。

星一は、数分後に起こる些細な出来事に期待した。
弘幸は、会計の時に聞こうと決めていたのでゆっくり気持ちを落ち着かせ、
聞きたい事だけ、はっきりと聞く事なんだと冷静にしていた。

コーヒーは直ぐに出来上がりマスターが、一時置き場に2つのコーヒーを並べ、
弥生は、ポケットからメモ用紙を取り出しカップと皿の間に挟もうとした時に、
先客のカレーライスが出来上がり、ママさんがそれを、弥生に運ぶように支持した。

「えっ!」挟み掛けたたメモ用紙を、再びポケットに戻してしまった。
コーヒーを、そんな事とも知ないかすみが、うれしそうに運んだ。
そして、かすみは、星一に向かって言った。
静かに流れているBGMが、やけに寂しく聞こえた。
星一は、雪景色の油絵を見つめながら、静かに煙草を吹かしていた。