あっ!とかすみが話をした殆んど同時に、弥生はお盆からカレーライスの入った容器を落とすと、ガッシャン!と鈍い音がした。
かすみが、星一にかけた言葉と重なって「・・・ますか?」とだけ聞こえた二人は、弥生の落としてしまった方へ顔を向けた。
星一は、それが、金属音に聞こえたように思えたのは、そう願っていたためだったのだろう、
誰が聞いてもスプーンの落ちた音ではなかった。
星一の残念そうな顔も、胸の内も知る者は誰もいなく、
かすみも、弥生が落としてしまったところへ「おねーちゃん!」と駆け寄って片づけを手伝い、
弥生は、「直ぐに変わりのを、作って貰います」と何度も頭を下げた。
「いいよ、いいよ!何時間でも待つから」弥生が、少しくらいのへまをしても怒る人はいなかった。
わざとじゃなかった。かすみのうれしそうに、コーヒーを運ぶのが気になって、お盆が傾いてしまった。
生憎、スプーンはお盆と指とで挟みながら持っていたために落ちることもなかった。
もし、スプーンが落ちていたのなら、星一は、きっと自分の思っている通りに、
彼女からのサインだと思ったかもしれなかった。
思い過ごしも恋のうち的な、変な勇気がついたかもしれなかったが、
それは、容器の割れる音とともに見事に打ち崩されてしまった。
店の中は、掃除とかでせわしくなり、ウエイトレスは、奥に入ったまま出てこなく、
結局、弘幸は、星一の為にウエイトレスから聞きだそうとしたことの、
一文字も聞きだす事も出来ずに店を出た。