風と香りの中で 71

星一は、腑に落ちない気持ちで何日も過ごしていた。
あの日、聞こえてきた声がどうも耳から離れなく「どうやら、あのウエイトレスに彼氏が出来たみたいだぞ!」

それが、仕事にも、集中できず会議に出た時に意見を求められた時に「有り得ないです。」なんて答えたものだから、
「そうか、小早川そお思うか」と自分に企画書を出すように言われてしまい、
今、机の上にはそれに関する資料と白紙の企画書が置いてある。
参ったなぁと、それどころでもなかった。

初めて、会ったときには彼氏は居なかった、それが、悔やまれて仕方がなかった。

やっぱり縁がなかったのか?星一は、満面の笑みで微笑む彼女を思い浮かべると、
じっとしていられなく、かといって企画書が書けるかと、
木彫りを始めようと途中までの木の塊を掴み、何だこれは全然なってないし、
何一つ出来ない自分に彼女なんて、加奈と別れたこともある意味、
正解だったんじゃないかと、何かに取り憑かれた様に削り始めた。

21時過ぎた頃に弘幸からの電話で、作業を中断した。
「どうよ、気分の方は・・・。」弘幸は、大森から一部始終聞いていた。
きっとへこんでますよ、と大森から聞いたのは噂話しを聞いた次の日だった。

そっとしといた方がいいですかねと、大森なりに気を使っていた。
部署は違うものの同じ会社に居る為1日に数回は顔を合わせるが、
星一は、何処か遠くを見ているようで、弘幸も大森も挨拶だけで一杯だった。

弘幸は考えた、もう一度会わせるしかないと、そして、自分が聞き出そうとそう考えたのだ、
悩める友の為、それに自分は第三者何を言われても、後を引かない。

「行こうぜ!、ナイトに俺、今、凄くコーヒーが飲みたい気分なんだよ、晴香は居ないしたまには、久しぶりになあ!」
弘幸は、何とか星一を連れ出す事を最優先にして言った。

「ああ!いいけど、企画書が・・・。」と気持ちが、その迷いを表した。
「書けんのか、そんな気持ちのままで、何の為に加奈さんと別れたんだ!」そお言われて、星一は、加奈を思い浮かべた。

幸せになってね!その文字が星一に、重くのしかかってくるように
「じゃあ、迎えに来てくれるか」と、受話器を置いた。

暫くすると静かな住宅街に1台の車が、星一の家の前に止まると
黒っぽいジャケットを羽織って外に出て車まで行くと「やあ!」「おう!」とお互いが声を掛けると、
星一は助手席側に周り乗り込んだ。

2人は、それぞれの思いの中でこの後の喫茶ナイトでのストーリーを考えていたのか、
一言も話す事もなく車は目的地に向かった。

星一は、今日も、スプーンを落とすようなら間違えないあの噂は、
きっと告白できない誰かの言い訳で作り話しに決まっている。
と、だからあの金属音がきっと彼女のアピールだ!

星一は、それに掛けたそうでもしないと話しすらきっと出来ないぞ!と自分に言い聞かせていた。

一方、弘幸は何を聞きだせばいい、星一の事どう思う。
駄目だ!直接過ぎるか!なら、好きな人はいるか?これも駄目だ!限定が広すぎるそれで、判断は出来ないか、
んー!そうかー、シンプルに彼氏居るのか?がいいか、もし居なければ噂を払拭出来る。

それなら、後は星一次第だよな。
そんな事を考えながらも、いつもの様に車を止めると2人は、
風はないがひんやりと冷え切った空気の中を歩いていた。

星一は、店に入る前に空を見上げ、オリオン座を探した。
薄っすらとかかった雲が一面ゆっくり流れていくのが見えたが、オリオン座は見えなかっのが何か嫌な予感がした。