風と香りの中で 39

弥生は、静かに寝息をたて時折寝返りうちながら深い眠りから目覚めの時の中で懐かしい祖母の姿が闇の中から浮かび上がって来た。

傍らに小さな少女がいて、何かを、夢中で書いていた。
祖母の声は小さく懐かしくその少女に聞かせるように話している様子が鮮明になって来た。

「なあ!弥生や、この話は大事な事なんじゃがな、今の、オマエさんには判らないじゃろうかのう。」
と何処か遠くを見つめているかのように見つめていた。

少女は何も言わず、首を横に何度も振った。
「そして、そのノートに書いておくといいじゃろな」「うん」と今度は、首を立てに振った。

「遠い昔、まだ、この日本が大陸続きになっていた昔の話だけどのう、
ばあちゃんも子供の頃じゃなぁ今の弥生くらいの時じゃったかのう、聞いた話しなんじゃ。
眠くなったら寝てもいいだけ、でも大事な話なんじゃ」
「うん!」
少女は、祖母が二度も大事だって言ったので、
その幼いまだ何を見ても真新しいものを見つめる大きくまん丸で綺麗な瞳が、祖母を見つめた。

「おばあちゃん、大事な話しなんだね、ズット大事なの?」
「そうじゃな、大人になってもじゃな」
「ふーん!ママは、知ってるの?」
見つめたままの瞳が、更に大きく見えた。

「知っとるとも、知らないのは弥生とかすみだけじゃな!」
「そうなんだ!」とその中にかすみは見えなかった。
が、この話しを聞いた幼い時にはかすみも居たのだった。

今、弥生の夢の中には、祖母と弥生しか見えない。
「おばあちゃん、早く聞かせて」
一度聞いた話しだったが、まだ小さかった弥生には、話しの全てを理解しては居なかった。

再び夢の中で祖母が語る話から弥生は、ノートに書いた部分が繋がって行った。

まだ、日本が大陸だったと言われていた時代にじゃな、
山に住む山族と海の界隈に住む海族が居たんじゃ。
長い間、その資源を巡って争いをしていてな。

ある日、山族の若い男の名前はウュキチ・ノ二イダは、
戦いの最中怪我を負ってしまったんじゃ近くは海族の住む村があったんじゃな歩くことも出来ない男は、
もう死ぬと思ったんじゃろなそして茂みをゆっくりと這いずって行くと、
小さな湖が出てくるとそこに一人の女性が水浴びをしてたんじゃ、
男は、海族の女だと直ぐに判ったがもう動く事も出来ず逃げる気力もなかたんじゃ。

男は全てを諦めて静かに目を閉じ死んで行くのを待つことにしたんじゃ、
きっと、その無念と寂しさはいつの時代でも同じなんじゃろうな、
弥生は、じっと祖母の話に耳を傾けていた。

理解するには時間が掛かっただろう祖母の話の続きを待った。
ノ二イダが、目を覚ました時に、海族の女の名前はシホノ・セワアシが傍に居て怪我の手当てをしたんじゃ。

気が付いたノニイダはセワアシに湖に入るようにと、
二人は湖に入り不思議と体は水面に浮きその体をセワアシは静かに沈め、
暫くして陸に上がってセワアシは薬草をノニイダの傷口に塗りこんだんじゃ、
その痛みは声を上げたくなるような激痛だったみたいなんだが、
セワアシから声を出さないようにと口を押さえられていた。

見つかったら、その場で二人とも殺されてしまうからなんじゃな。
山族も海族も掟の中に二つの部族が話を交わす事さえいけなかったんじゃな、
だが、二人は月の出ない暗闇の時に会う約束を交わし二人は身の危険を感じながらも、
何度となく会っていたんじゃ。

ある日、海族の村に一人の老人が海を超えやって来たんじゃ、
その老人は、争いはいけない事を話すのじゃが、
誰一人と耳を貸さない中でそのセワアシは、
老人の話を信じて山族の村があることを教えると、
そこでも同じ話しをするように頼んだのじゃ。

それはノニイダが聞くと、
きっとその老人がやって来た海の向こうに行くことを決めてくれるだろうと、
思ったのだろう。

老人は、山族に行くと同じ話しをするのだが、
気性の荒い山族はその老人を、捕まえて神への生贄にしようとした。

ノニイダは老人の話を真剣に捉えていた、
セワアシの思った通りノニイダは海の向こうに二人の暮らす場所があるんだと思ったんじゃ、
ノニイダは、老人を何度も訪ね二人の話をすると、
わしは、もう生きて帰る事は出来ないからと二人の計画に協力をして、
船のある場所と海を超えるのに必要な食料の事を話すと、
最後に私の処刑の月の出ない夜がいいだろうと言って、
小さな包みを牢獄の奥から取ってくると渡した。

その中には小さく透明なガラス球のようなものが入っていたが、ガラス球ではなかった。

それは、海の上で行く方向が判らなくなった時に、天に向かって投げるようにと伝え、
ノニイダは大事にそれを持って、出発の日を待った。

何日かすると月の出ない夜がやってきて、計画通り二人は船のあるところ迄行くと、
突然大地は大きく揺れ、地面は割れ辺りの木々は、地割れの中に流れ落ち山族の人々も多くが落ちていった。

まさに、老人を処刑した直後に起こった災いは、
空一面の雲をも薙ぎ払いはっきりと今迄にない位の、月の輝きが現れてきた。

ノニイダとセワアシは船に乗り海に出ると、海族の男たちが追いかけてきて、多くの槍を二人に向かって投げていた。

月の明かりは、二人をはっきり映し出し漕ぎ出した船も遅く、
とうとう数本の槍が二人の真上に飛んできた。
「きゃー!」と弥生はベットから落ちると目を覚まし呆然としながらもその鼓動は、
部屋中に響き渡るかのようだった。

「なに!、夢?」すごいリアリティーのあった夢に、
それこそが祖母から聞いた話しだったが、
何故か釈然としない気持ちに胸が痛んだ。

「まだ、続きが・・・確か・・・。」
冬の久しぶりに晴れわたった空は青く、冷たい空気が何処か気持ちを落ち着かせ、新しい学期が始まった。