風と香りの中で 38

星一は、この浜の食堂に大森とよく来るようになったのも、
美味しいのは言うまでもなく近くにあるビリヤードの店に出入りしていたからその帰りに、
昼になく夜になく足を運んで、お勧めの日替わり定食を注文していた。

社会人ともなると学生のときのような休みもないが、大企業ともなると年3回の長期休みがあることが星一は、うれしかった。
が休みも残りわずかな土曜日の夕方から、いつものように大森と玉突きに来た帰りだった。
「小早川さんには勝てないですよ!」大森は、いつもの口癖でそー言っては「秘訣って何ですか!」と聞いていた。

「だから、何度も言ってると思うけどさ、練習と集中力かもな・・・。」と返す星一は、
大森がいつも同じ事を聞くことに、何か不思議な感じがした。

ただ単に馬鹿なのか、何か自分から探りだそうとしてるのか掴み処がないと思いながらも、
大勢居る後輩の中で、一番気が合ってたのだ。

何処となく憎めない男の割りに愛嬌が有り、ユーモアーなところも星一は、気に入ってた。
「そう言えば、成人式はもうすぐだよな、告白の策は出来てるのか?」と星一が尋ねると、
「そんなの、ないです策なんかあればさくさく言っちゃってますよ」と笑った顔は、まだ子供のようだった。

「何だよそれ!そんな余裕あんのか、これを逃したらどうしようとか、考えないのか・・・。」本当に、大森の性格が見えない。

「僕は、本気ですよ。でも考え過ぎても駄目なら駄目で・・・そうだな・・・諦め切れない!
だから、何も考えたくないんですよ」と声が小さくなった

大森に「愛とか恋って何だろうなー」と星一は、切り出した。
「えー・・・と、好きとか愛してるとか・・・。」と答えた大森に「そのまんまじゃないか!」と、
何か、大森なりの意見でも聞けると思った星一は少し困った。

「先輩は、どう思いますか、彼女さん全然合わせてくれないし、会ってる様子もなく、
僕なんかと遊んでる場合ではないんじゃないですか?」と早口で、
心配でもしてるのか振られちゃってもいいんですかと言わんばかりの勢いがあった。

「自分が思うに、恋って心のシーソウゲームって言うか、恋って字を逆さにしてみろ、
支点を軸に左右に男女が居てな上下するのさ心が、
上がればドキドキ、ワクワクしたり下がれば、悲しくなったり、辛くなったりするんだよな、
愛は、心の下に永久の久だろ、長い時間掛けて育て上げるものじゃないかと・・・。」
まあ、自分なりの解釈だけどな、と付け加えると「あ!」星一は、何かに気付いた。

出会いは偶然じゃない、何かで聞いた事がある。
すると加奈との出会いは、どんな形にしろ縁なのか、じゃあ何故、同じ日に・・・。
「先輩、先輩」と、大森が声を掛けてることさえ気付かず、星一は自分の中に入り切っていた。

そんな会話をしてると、店の看板娘の真理子が店に出た来た。
「また来てたのですか」最近、よく来ることで2人は顔見知りになっていた。
「名前聞いていいですか?」と、いきなり聞かれた大森は「小早川さん、小早川星一さんです。」
と右手を差し出して答えたのだが、星一は、大森を指して「僕の、名前なんか如何でもいいよ。」と真理子を見た。

大森は、自分に指を差して「僕ですか?」と尋ねると真理子はうれしそうに「うん!」満面の笑みを浮かべて頷いた。

「大森涼太!」不意打ちを打たれたように何故かぶっきら棒に答えた。
星一は、それを見ていて小さく笑った。