「何で毎日会ってるのに、日記の交換なんかしてたの?」
アキは、自分の中で不思議に思えた。
しかし、今の通信技術の発達した時代とは違い
携帯とかスマホのメールで簡単には、伝えるとかの
手段がなかった。当然、アキには、その感覚が判る筈もなかった。
3月19日(火) 快晴 いい日
やよちゃん、最後の制服なんだよな。卒業おめでとう!
いつ見ても、可愛い制服姿も、今日で最後か・・・。
写真一枚くれるよな。絶対もらうからな。・・・。
長々と書いてある、その日のページは父の気持ちが伝わってきた。
「何書いてんだかぁ!」と呟きながら
アキは、自分の頬が赤くなっているのに気付くこともなく
既に、時は、西日がオレンジ色に変わり
やがて、日が暮れていく中で
何処からともなく、肌寒い風と、ほろ苦い若草の香りが
アキを取り巻いていた。
「処?、ここは?」と、目の前には、見覚えもない学校が、飛び込んできた。
辺りに高いビルもなく田んぼや畑、ところ処に民家と
アキには、まったく見覚えもなかった。
学校の門からは、何人もの人たちが手を振ったり
ハンカチのような物で、目元を拭いたりしながら出てきていた。
「えっ!まさか」
「えっ、うそ!」既に、状況を把握して来たのか、思わず空を見上げた。
微かに吹く風は、やはり肌寒く、心地いい香りがすり抜けた。
すると、大勢出てきた中に、見覚えのある女子学生を見つけると
その場に身を屈めた。
無意識に見つかってはいけないと思ったのか
アキは、そっと顔を上げて、その女子学生をじっと見つめた。
「間違いない、写真の中の母と同じだ!」
アキが母と一緒に見たアルバムは、アキが高校の卒業をした後だった。
「私に、そっくりね。」と、母がアキの卒業写真を見て
自分のアルバムを持ってきたのだった。
「ママだ!」アキは、立ち上がると何を思ったのか
その女性に向かって歩き始めた。
「ダメだ!」何処からともなく聞こえる声
アキは、「えっ!」と立ち止まり、振り返ったが誰もいない。
「誰?空耳?」アキは、向き直り再びゆっくり歩き始めると
「ダメだ!戻れ!それ以上は行ってはいけない!」と
ハッキリと聞こえた声は、父親の声に似ていた。
「パパ?」と、又立ち止まり辺りを、何度も見渡したが
誰もいなかった。
アキは、顔を、左に傾け不思議な感覚で
どうにも、高鳴る鼓動が抑えきれなくなってきていた。
「なんなの、ここは、私、どうしたんだろう。どこどこ?どこなのー」
アキは、自分の体や顔に触れて「うそでしょ!」感触がない。
既に、大勢のその集団が、アキのすぐ近くまで来ていた。
「戻りなさい!」その声は、アキ自身の心の奥から聞こえてきていた。
「お母さん!」いつもなら「ママ!」と言っていたアキだったが
もう遅かった。目の前に学生時代の母が見えた。
が、相手からはアキは見えていなかったのだ。
すれ違い際、アキは、母の顔をハッキリと見ると、最高の笑顔で
見送った。その一瞬のこと。
辺りは真っ暗になり、深い闇の底へ堕ちて行く
寒く長い時、アキはそのまま身を任せ消えて行った。