「時と共に優しく」カテゴリーアーカイブ

時と共に優しく 3

「むく、あんたパパに私達の事、告げ口したしょ」
「悪く、言ったんでしょ、
はいこれ、あんたが何時も置きっぱなしにしてたから、
私たちが片付けて置いたのよ」
2人の姉は、矢継ぎ早に捲くし立て、
椋の書いた絵を投げ捨てた。

椋は、俯きながら「パパの嘘つき!」と小さな声で呟き、
約束を守ってくれなかったと悲しい気持ちが湧き上がってきた、
が、小さな心ながらに泣かないと決めていた椋は、
唇をかみ締め耐えていた。

信じるもの全てが滲んで見える椋の心は砕け散ってしまいそうなくらい高鳴る鼓動を、
自分の絵を拾い上げ家を出て、公園に急いだ。

「くも、くも!」茂みの中を覗き込み呼んでいると、
にゃーと飛び跳ねるように椋の、背後から現れた。

「何処行ってたの」椋の足元をくるくると回りながら、
体を摺りよせ甘えてきた。

「あったよ!ほら、私が書いたのよ、判るこれはあなたよ」
くもに見せてもわかる筈もなかったが、
にゃーと椋を見詰めた。

そして、ベンチに座り椋の横で寝そべるくもに、
自分の歌を小さな声で聞かせた。

時と共に優しく 2

「むくに、ひとつ聞いていいか!」
お風呂の中で椋と父親は、何時ものように話をしてた。

「なあにぃ!」
「ママから聞いたぞ!お姉ちゃん達の言うことを聞かないって」
「えっー!うそだよ、わたしなぁんにもしてないのに何時も私の事悪くいうから、
むくは、お姉ちゃん達キライ!」
「そうかー」
「そうだよー、わたしなぁんにもしてないもん!」
椋は、口を尖らせその数々を思い浮かべていた。

「それでねーわたしの書いた絵を何処かに隠してるもん、パパ探してよ」
まん丸なその目は、何かを訴えてるように父親を見詰めていた。

「わかった、むくは、学校に友達いるかい」
「いないよ!」
「そっかぁ、じゃあ何時も何してるんだい!」
「絵を描いたりー、心の中で歌をね、歌ってるの」
と子供ながらに自分の秘密にしている事を、
父親に話しながら照れくさそうに、
少し上目遣いでそう答えた。

「むくは、歌も絵も好きなんだ。」
「うん!」更に嬉しそうに大きく返事をしたその声は、
風呂の中ではとても綺麗に響いて聞こえた。

「それに、わたし詩を書くのも好きだよ、
白い猫に合いました  汚いけれど とても可愛いく わたしはお友達になって・・・・。」
むくは、目を閉じて、何度も書いていたその詩を暗記していた。

「上手だな!、でも、家は猫は飼えないからな!」
「うん!いいのよ!くもはきっと一匹で居る方がいいと思う、
だって他の人が来ると逃げてしまうもの」
その白い猫にくもと名づけ読んでいた。

真っ青な空にふわふわな真っ白い雲、
空を良く見上げていた椋は、
雲に似ていると付けた名前だった。

「あのね、パパ、誰にも言わないでよ、わたしの秘密だからね!、約束ね」
「ああ!わかった!」
唯一、父親だけには心を開く椋は、
自分の秘密を打ち明け嬉しくなったのか、
小さな声で歌い始めた。

「むくは、歌も上手だし声も綺麗だ」と褒めたが、
声は思春期に変わってしまう、
が、父親は我が子ながらと関心していた。

そして、
その心の何か子供にしてはあまりにも切なく哀しく聞こえたのか、
そっと抱きしめた。

時と共に優しく 1

向坂 椋(むく)はまだ、小学校に入ったばかりの7歳だった。
2人の姉は既に高学年で仲が良かったが、
椋の事はあまり相手にせずにいつも1人で居た。

「わたし、むくの事嫌いだよー、わたしも、だっていつも汚いんだもの」
椋は、黙って絵を描いていたが、姉の会話は良く聞こえていた。
まだ、幼い椋の心はそんな会話を深く刻み込んでいたのか、
2人の姉とはいつも距離を置いていた。

それは、無意識にそうさせていたのか自身の気持ちの中でそうしていたのかは判らなかった。
が、そんな、椋に姉たちの偽りの話しを信じていたのか母親は、椋に辛く当たっていた。

椋は、その度に只、「ごめんなさい!」と誤るだけで何故、叱られたのかも判らないまま、
月日が過ぎてもそれは、変わらなかった。

ある日、椋は1人でブランコに乗っていると、
何処からか聞こえて来る猫の鳴き声に
「何処に、居るの?」と辺りを探し回っていた。
小さな植え込みの茂みの中を覗くと小さな白い猫が、
うずくまるように鳴いていた。

「おいで!」白い猫は椋を見つめるだけで、
逃げることもしなかったし寄って来ることもなかった、
椋は、来ない猫に一生懸命話しかけついには、
自分もその場に寝そべって微笑みながら何度も呼んだ。

すると、白い猫はフラフラと椋に寄ってきた、
子猫でもないその猫は何日も食べていなかったのか痩せこけていた。

椋は、驚かさないようにジッと間近に来るまで待っていた。
猫はそんな椋に危険がないと感じたのか椋の顔に顔を摺り寄せ
にゃーと鳴きながら何度も摺り寄せ、その場に寝そべった。

「お腹空いてるの?」椋は、猫のその体型を見て言った。
椋は、その汚れた猫の汚れが顔に付いてるとも気付かずに
「ちょっと、待っててくれるぅ」と体を起こし、家へと急いだ。

勿論、その白い猫も椋の後ろに付いて走ったが、
思うように走れなかったのか途中で止まり椋を、
にゃーと鳴きながら見送った。

椋は、寝そべった時に付いた、
土の汚れも気にせず早くその猫に何か食べさせてあげようと
その気持ちしかなかった。

家に着くと自分のおやつと冷蔵庫から牛乳を取り出し、
いつも使っている自分の茶碗を持って出て行こうとした所を、
1人の姉に見つかってしまった。

「むく、何してるのそれ持ってていけないんだよ、ママに言うよ。」
椋は、構わず急いで出て行った。