風と香りの中で 68

弥生と理沙は、繁華街を抜け澄江の住むマンションに向かっていた。

真理子は受験勉強がいよいよ大詰めになっていた為、私は、いけないと結局2人で行くことにした。

昼下がりの午後2時に駅の雑踏を抜け話に夢中でもちろん周りの人達には気も触れず歩いていた。

その2人の後から繁華街のゲームセンターから出てきた男は、マンションに入るまで付いてくると、2人に気付かれないように物影に隠れ見守っていた。

「何処へ、行くんだろう」見上げただけのそのマンションの部屋までは、知ることは出来なかった。

澄江は、「理沙やん久しぶりやんけ」
弥生は、「始めまして香月といいます」と軽く会釈をして澄江を見て綺麗な人だと思った。

背丈は、弥生や理沙よりも小さいが整った顔立ちは、弥生から見ると
年上だと判るくらい澄江は、社会に揉まれ大阪から出てきて
1人暮らしをして行く中で身についてきた強さがオーラーとして出ていた。

部屋の中は、綺麗に片付いているとはいえないが、澄江の、自分が生活しやすいようにはなっていた。

暫く、近況報告など話が止むこともなく理沙と澄江は楽しそうに話してるのを弥生は、
只聞いているだけで何となく昔からの知り合いか、
姉妹のように仲がいいのを少し驚いていた。
「面白い人でしょ」理沙は、簡単に澄江の人柄をそー言ったが、頼りになるお姉さんだと強く思っていた。

しかし、澄江の今に至るまでの経緯などは何も知らず、細かい話を聞こうともしなかった。

澄江も、何も話すことはせず慣れない土地で新しい生き方を始めていたから、
昨日までのことに振り返ることもなく理沙と知り合い、妹のように接していた。

「澄江さん、弥生に今強引に近付いてる男の人がいるのね、やよは、人がいいから誘いを受けても断れないんだって」と、
澄江に会いに来たのはその問題をどうしたらいいのか、それを相談に来たのだった。

弥生は、申し訳なさそうな顔をしながら「すいません」と小さく頭を下げた。
「それで、弥生ちゃんは、その男の人をどお思ってるの?」
「んー、店に来るお客さんで、良くプレゼントだって物を持ってくるの、それも断れなくて貰っちゃってるのですけど・・・。」

弥生は、小さな声で申し訳なさそうに答えた。「そんなんわエエけど、弥生ちゃんの気持ちよ」と澄江は、
じっくり話す為に座りなおした。

「私は、少し迷惑なんだけど、強引に言われちゃうと、やっぱりだめなんです。判ってはいるんですけど・・・。」
「それは、判ってるんやなく、全然わかってへん相手は男やで」
「そうだよ、やよ!はっきり断らないとずーと付きまとってくるよ」理沙も、口を挟んだ。

「そやろな、弥生ちゃんを物にするまで諦めへんやろな」
「物にするって?」弥生は、その言葉に違和感があった。

「物や、女は男から見たら自分の物や、まあ人によるけど、
りさやんから聞いた話しからも、何か胡散臭いな、その男は・・・。」
そう言いながら澄江は、振り返りたくない過去を思い浮かべた。

「エエか!ちょびと私の話しやけど、20歳の頃入った会社で2年経ってたけど、
いろいろあって弱ってたんやな心が、そんな時に声掛けられて好きな人も彼氏もいいへんかったから、
別に好きでもないタイプやったんやけど、その日はお茶だけって言われて付いていったやんけ、それからが・・・。」

澄江は、何かを思い浮かべるように、その場で両手を高く上げ背伸びをしながら、何もない天井を見上げた。

弥生も、理沙も、澄江の話し出した話しを興味深く聞き入っていた。
そして、始めはやさしかったその男が、1年もしないうちから変わっていった話になると微に手が震えてるのが判った。

それは、怒りなのか、恐怖なのか弥生たちには判らなかったが、明らかに顔付きも変わっていった。

「あかんわ、思い出してしもうた」そう言って、立ち上がると洗面所にいくと、
理沙は「無理に、聞かない方がいいのかな」
「何か、あったのかしらね」2人は、心配した。

澄江は、戻って来ると2人をベランダに呼んで外を眺めながら、
ここから見える夕焼けが好きなんよね。

澄江は、気持ちを落ち着かせるためと、
弥生たちに何故かこの景色を見せたくなったのだそんなに高い所でもないが眼の前には高い建物がなかった。

3人は、時と共に色あせていく過去が、その琥珀色に輝く夕日の光に包まれ、切なく思い出されて行くことを知ったのだ。