「風と香りの中で」カテゴリーアーカイブ

風と香りの中で 40

年が明けても、学校に行く時間は3人とも変わることもなく、
いつものようにホームに一番先に居たのは真理子だった。

親が早くに仕入れに行くこともあってだった。
弥生は、今日見た初夢が数年前に聞いた話しと重なり不思議な気分で目覚めたのかいつもより少し遅れた。

久しぶりに晴れた冬の朝、なんとなく清々しかったが、
吐く息は白く2人は休みに過ごした出来事などを話しながら理沙を待っていた。

すると、二人より少し背が高い理沙が、ゆっくりと歩いてきた。
「りさ、来たみたい。」と、言いながら弥生は目が点になっていた。

もちろん、真理子も同じだった。
赤っぽく染まっている髪と、薄っすらと引いた口紅が2人を驚かせるのには充分だったのだ。

「りさー!どうしたの」と、弥生が言う「何にそれー!」と真理子が言う、
「似合うでしょう。」と、かなり気に入ってる様子でにこにこと、
ピースサインをして2人に近づくと少し照れていた。

「ど・う・し・た・の?」再び弥生はゆっくりと尋ねた。
「クリスマスパーティーでね・・・。凄くいい人に知り合ってね・・・。」
「とも・・・。」言いかけた真理子は「男の人?」と言い換えた。

「まさかやな、感じのエエお姉さんや。」
「はっ!」2人同時に理沙の言動が聞き慣れない言葉調にまたしても驚いた。

休みの間に何かあったことは弥生も真理子も判ったが、
話を聞けばきっと長くなるだろうなーと感じた。

でも、その理沙の変わりようは、弥生が「美高女ね」と言って微笑んだ。
「びこうじょ・・・。」真理子が尋ねると弥生は続けた「そうよ、美しい女子高校生って事」
「そっかー!」と、真理子は納得した。

「それにしても、りさーさ見違えたよ、ねえ、やよ!」
「うん」弥生は、まじまじと理沙を、見つめた。

「誰だって、変わっちゃうって、やよも、まりも、今度やってみたら・・・。」
そう言ってうれしそうに微笑んだ。

電車は、年が変わろうと季節が変わろうと時刻通りにやって来る。
時と共に大人になっていく実感なども無く、でも確実に大人になっていく事を今、理沙を見てそう思ったのだった。

春になれば3人は別々の道を歩き始め、それぞれの歴史が綴られて行く、
「でも、りさ、先生に呼ばれるよね、きっと・・・。」と弥生は心配した。

「生活指導の、坂中はうるさいし直ぐ親を呼ぶからなぁ」と真理子も気遣った。
「承知、だもの!親が、私はうるさくは言いたくないって、私がしたいなら・・・。
でも他人に迷惑はかけないでよって、学校に呼ばれるくらい平気だから、それでりさが、感じた何かで考えてよ。」
って「りさの、お母さんらしい・・・優しいよね。」弥生は、いつもそう思っていた。

それは、父親が出て行ってから特に子供たちに優しいんだよなーと思った。
「良いお母さんだよね!」と、真理子もそー思っていた。
電車の中でも理沙の話題で3人は周りの事も気にならず話に夢中だった。

風と香りの中で 39

弥生は、静かに寝息をたて時折寝返りうちながら深い眠りから目覚めの時の中で懐かしい祖母の姿が闇の中から浮かび上がって来た。

傍らに小さな少女がいて、何かを、夢中で書いていた。
祖母の声は小さく懐かしくその少女に聞かせるように話している様子が鮮明になって来た。

「なあ!弥生や、この話は大事な事なんじゃがな、今の、オマエさんには判らないじゃろうかのう。」
と何処か遠くを見つめているかのように見つめていた。

少女は何も言わず、首を横に何度も振った。
「そして、そのノートに書いておくといいじゃろな」「うん」と今度は、首を立てに振った。

「遠い昔、まだ、この日本が大陸続きになっていた昔の話だけどのう、
ばあちゃんも子供の頃じゃなぁ今の弥生くらいの時じゃったかのう、聞いた話しなんじゃ。
眠くなったら寝てもいいだけ、でも大事な話なんじゃ」
「うん!」
少女は、祖母が二度も大事だって言ったので、
その幼いまだ何を見ても真新しいものを見つめる大きくまん丸で綺麗な瞳が、祖母を見つめた。

「おばあちゃん、大事な話しなんだね、ズット大事なの?」
「そうじゃな、大人になってもじゃな」
「ふーん!ママは、知ってるの?」
見つめたままの瞳が、更に大きく見えた。

「知っとるとも、知らないのは弥生とかすみだけじゃな!」
「そうなんだ!」とその中にかすみは見えなかった。
が、この話しを聞いた幼い時にはかすみも居たのだった。

今、弥生の夢の中には、祖母と弥生しか見えない。
「おばあちゃん、早く聞かせて」
一度聞いた話しだったが、まだ小さかった弥生には、話しの全てを理解しては居なかった。

再び夢の中で祖母が語る話から弥生は、ノートに書いた部分が繋がって行った。

まだ、日本が大陸だったと言われていた時代にじゃな、
山に住む山族と海の界隈に住む海族が居たんじゃ。
長い間、その資源を巡って争いをしていてな。

ある日、山族の若い男の名前はウュキチ・ノ二イダは、
戦いの最中怪我を負ってしまったんじゃ近くは海族の住む村があったんじゃな歩くことも出来ない男は、
もう死ぬと思ったんじゃろなそして茂みをゆっくりと這いずって行くと、
小さな湖が出てくるとそこに一人の女性が水浴びをしてたんじゃ、
男は、海族の女だと直ぐに判ったがもう動く事も出来ず逃げる気力もなかたんじゃ。

男は全てを諦めて静かに目を閉じ死んで行くのを待つことにしたんじゃ、
きっと、その無念と寂しさはいつの時代でも同じなんじゃろうな、
弥生は、じっと祖母の話に耳を傾けていた。

理解するには時間が掛かっただろう祖母の話の続きを待った。
ノ二イダが、目を覚ました時に、海族の女の名前はシホノ・セワアシが傍に居て怪我の手当てをしたんじゃ。

気が付いたノニイダはセワアシに湖に入るようにと、
二人は湖に入り不思議と体は水面に浮きその体をセワアシは静かに沈め、
暫くして陸に上がってセワアシは薬草をノニイダの傷口に塗りこんだんじゃ、
その痛みは声を上げたくなるような激痛だったみたいなんだが、
セワアシから声を出さないようにと口を押さえられていた。

見つかったら、その場で二人とも殺されてしまうからなんじゃな。
山族も海族も掟の中に二つの部族が話を交わす事さえいけなかったんじゃな、
だが、二人は月の出ない暗闇の時に会う約束を交わし二人は身の危険を感じながらも、
何度となく会っていたんじゃ。

ある日、海族の村に一人の老人が海を超えやって来たんじゃ、
その老人は、争いはいけない事を話すのじゃが、
誰一人と耳を貸さない中でそのセワアシは、
老人の話を信じて山族の村があることを教えると、
そこでも同じ話しをするように頼んだのじゃ。

それはノニイダが聞くと、
きっとその老人がやって来た海の向こうに行くことを決めてくれるだろうと、
思ったのだろう。

老人は、山族に行くと同じ話しをするのだが、
気性の荒い山族はその老人を、捕まえて神への生贄にしようとした。

ノニイダは老人の話を真剣に捉えていた、
セワアシの思った通りノニイダは海の向こうに二人の暮らす場所があるんだと思ったんじゃ、
ノニイダは、老人を何度も訪ね二人の話をすると、
わしは、もう生きて帰る事は出来ないからと二人の計画に協力をして、
船のある場所と海を超えるのに必要な食料の事を話すと、
最後に私の処刑の月の出ない夜がいいだろうと言って、
小さな包みを牢獄の奥から取ってくると渡した。

その中には小さく透明なガラス球のようなものが入っていたが、ガラス球ではなかった。

それは、海の上で行く方向が判らなくなった時に、天に向かって投げるようにと伝え、
ノニイダは大事にそれを持って、出発の日を待った。

何日かすると月の出ない夜がやってきて、計画通り二人は船のあるところ迄行くと、
突然大地は大きく揺れ、地面は割れ辺りの木々は、地割れの中に流れ落ち山族の人々も多くが落ちていった。

まさに、老人を処刑した直後に起こった災いは、
空一面の雲をも薙ぎ払いはっきりと今迄にない位の、月の輝きが現れてきた。

ノニイダとセワアシは船に乗り海に出ると、海族の男たちが追いかけてきて、多くの槍を二人に向かって投げていた。

月の明かりは、二人をはっきり映し出し漕ぎ出した船も遅く、
とうとう数本の槍が二人の真上に飛んできた。
「きゃー!」と弥生はベットから落ちると目を覚まし呆然としながらもその鼓動は、
部屋中に響き渡るかのようだった。

「なに!、夢?」すごいリアリティーのあった夢に、
それこそが祖母から聞いた話しだったが、
何故か釈然としない気持ちに胸が痛んだ。

「まだ、続きが・・・確か・・・。」
冬の久しぶりに晴れわたった空は青く、冷たい空気が何処か気持ちを落ち着かせ、新しい学期が始まった。  

風と香りの中で 38

星一は、この浜の食堂に大森とよく来るようになったのも、
美味しいのは言うまでもなく近くにあるビリヤードの店に出入りしていたからその帰りに、
昼になく夜になく足を運んで、お勧めの日替わり定食を注文していた。

社会人ともなると学生のときのような休みもないが、大企業ともなると年3回の長期休みがあることが星一は、うれしかった。
が休みも残りわずかな土曜日の夕方から、いつものように大森と玉突きに来た帰りだった。
「小早川さんには勝てないですよ!」大森は、いつもの口癖でそー言っては「秘訣って何ですか!」と聞いていた。

「だから、何度も言ってると思うけどさ、練習と集中力かもな・・・。」と返す星一は、
大森がいつも同じ事を聞くことに、何か不思議な感じがした。

ただ単に馬鹿なのか、何か自分から探りだそうとしてるのか掴み処がないと思いながらも、
大勢居る後輩の中で、一番気が合ってたのだ。

何処となく憎めない男の割りに愛嬌が有り、ユーモアーなところも星一は、気に入ってた。
「そう言えば、成人式はもうすぐだよな、告白の策は出来てるのか?」と星一が尋ねると、
「そんなの、ないです策なんかあればさくさく言っちゃってますよ」と笑った顔は、まだ子供のようだった。

「何だよそれ!そんな余裕あんのか、これを逃したらどうしようとか、考えないのか・・・。」本当に、大森の性格が見えない。

「僕は、本気ですよ。でも考え過ぎても駄目なら駄目で・・・そうだな・・・諦め切れない!
だから、何も考えたくないんですよ」と声が小さくなった

大森に「愛とか恋って何だろうなー」と星一は、切り出した。
「えー・・・と、好きとか愛してるとか・・・。」と答えた大森に「そのまんまじゃないか!」と、
何か、大森なりの意見でも聞けると思った星一は少し困った。

「先輩は、どう思いますか、彼女さん全然合わせてくれないし、会ってる様子もなく、
僕なんかと遊んでる場合ではないんじゃないですか?」と早口で、
心配でもしてるのか振られちゃってもいいんですかと言わんばかりの勢いがあった。

「自分が思うに、恋って心のシーソウゲームって言うか、恋って字を逆さにしてみろ、
支点を軸に左右に男女が居てな上下するのさ心が、
上がればドキドキ、ワクワクしたり下がれば、悲しくなったり、辛くなったりするんだよな、
愛は、心の下に永久の久だろ、長い時間掛けて育て上げるものじゃないかと・・・。」
まあ、自分なりの解釈だけどな、と付け加えると「あ!」星一は、何かに気付いた。

出会いは偶然じゃない、何かで聞いた事がある。
すると加奈との出会いは、どんな形にしろ縁なのか、じゃあ何故、同じ日に・・・。
「先輩、先輩」と、大森が声を掛けてることさえ気付かず、星一は自分の中に入り切っていた。

そんな会話をしてると、店の看板娘の真理子が店に出た来た。
「また来てたのですか」最近、よく来ることで2人は顔見知りになっていた。
「名前聞いていいですか?」と、いきなり聞かれた大森は「小早川さん、小早川星一さんです。」
と右手を差し出して答えたのだが、星一は、大森を指して「僕の、名前なんか如何でもいいよ。」と真理子を見た。

大森は、自分に指を差して「僕ですか?」と尋ねると真理子はうれしそうに「うん!」満面の笑みを浮かべて頷いた。

「大森涼太!」不意打ちを打たれたように何故かぶっきら棒に答えた。
星一は、それを見ていて小さく笑った。

風と香りの中で 37

真理子は、夜しか出来ない試験勉強に集中するとは言うものの、昼間時間があっても机に向かう事はなかった。

店に大勢のお客が来れば、その雑音と雑談で気が散ってしまうので結局、店の手伝いをする事となる、
受かれば親に金銭面では迷惑をかけるが真理子が店に出ると、何故か明るい雰囲気になるのだ。

両親もだからなのか、勉強の事はうるさく言う事もなく、
父親はむしろ進学しないで店の手伝いをして欲しいと本音は言わなかったけど、
真理子の思うようにしてあげたかった。

勉強時間を夜か早朝と決めて集中していた。
特に早朝決めた時間に起きることが出来た時は、
自身も納得が出来る成果を挙げていたのだった。

冬休みも後わずかな日に、早朝勉強の計画通り昼過ぎにベットに入った。

風と香りの中で 36

加奈は、新年早々先輩達の久しぶりの帰省が重なったのと外泊も出来ない患者が数人居る病室を巡回する夜勤に入っていた。
先輩看護婦は、始め注意しなければいけない所を説明しながら時間を掛け、1部屋づつゆっくりと巡回した。

深夜1時に加奈は、3回目の巡回で1人で病室に入りカーテンを開けひとり1人の患者を懐中電灯で確認し、
時には眠れない患者に「大丈夫ですか。」と声を掛け歩いた。

さほど大きくもない病院だが、深夜ともなれば、その静まり返った中では、
誰もが怖いと思う気持ちはあるのだろう。
しかし、加奈は、それが仕事だった。

怖いなどとは言ってられないが、廊下を歩いていると、
時折聞こえる患者さんの呻き声で背筋に寒気が走り、次第に足早になっていた。

ヒタヒタと何処からともなく人の歩く音、そして、女性のすすり泣く声など聞こえる訳もないこの病院でも
院内に漂う独特の消毒の匂いと薄明かりの廊下は薄気味悪かった。

新年が明けた3日目に休みとなった加奈は、昼過ぎからひたすら編み物を編んでいた。
好きな音楽を聴きながら、星一に渡すためのせいちゃん人形は既に出来上がり手作りの箱の中で横たわっていた。

加奈はそうして自ら作る事を楽しみにして過ごす事が多かった。
クリスマスのお礼にと星一の母親に、毛糸のストールをこれからの自分たちの行方を思いながら編んでいた。

そんな気持ちを星一が知ったのなら、きっと風は止んだのかも知れなかった