「風と香りの中で」カテゴリーアーカイブ

風と香りの中で 35

弥生は、まだ遠くない過去の祖母との話を思い浮かべていた。
開いたノートには祖母が語った話の所々が書かれていたのか、
書いた弥生さえ判らなかった。

山・・・、海・・・、ウュキチ・・・、シホノ・セワ・・・、月に赤い・・・、沢山の人がやって来た。
海に小さい船、乗りたいなぁ。
と所々では判らない話しをその時、黙って聞いてた自分を思い出し、
3年前に亡くなった祖母を思い浮かべると涙が静かにノートの上に1粒零れた。

すると・・・。
何て事は何もなくて、
弥生はその乱雑に書かれた文字の下に描かれている月と星と海と2人の人の絵が描かれてるのを見て
泣きながら笑ってしまった。

確かに画才のない弥生は「下手だよねー」と呟いた。
好きな人には見せれない顔は涙と鼻水で、慌ててティシュを取って拭った。

そして、机の奥にあった巾着袋を見つけゆっくり取り出し中から小さな缶と筆が1本出てきた。
それが何なのか祖母の大切な物だった気が、何をするものか判らず大事にしまってあった。

セロハンの包装も開けてなく弥生は、いろんな角度から見たけど判らず「開けても良いよね!」と、
自分に尋ね包装を取り蓋を開けると鮮やかな赤い粘土のようなもので固められた物が入っていて、
その甘いどこか懐かしい香りがした。

そっと鼻に近付け香りを楽しんだ。
そして、一緒に入ってた筆でなぞるといとも簡単に筆先は赤くなり、
その香りをもう一度確認しようと、鼻に近づけた時、唇に付いたことには気付かなかった。

それが口紅だと気付くまでには、時間は掛からなかった。
洗面所に行った時に鏡に映った自分の唇に付いたその物を、
指でなぞると綺麗に広がりそれが口紅だと気付いた。

それらの物を机に再び戻すと寝るための準備をした。
弥生は、その夜、祖母から聞いた話が鮮明に夢の中で現れる事も知らずに静かに眠りに落ちていった。

風と香りの中で 34

弥生は、理沙と電話していた。
誘いを断れない以上一度は出かけなければ、執拗に誘いを掛けてくるだろう男に気に入られた事が、
やはり弥生には今は、一番の悩み事だった。

「どうしたらいい!」と、弥生の困った口調に理沙は
「私も、連れてってよ一緒にいけばいい」と大勢になればそれはそれでいいのかもしれない。

「でも、何て言うかなぁ?」「大丈夫だって、かすみちゃんと私の3人なら行くって言えばいいのよ。」
と意図も簡単に答えを出した。

「そうだね」弥生の顔に笑みが見えた。
「そうだよ、一度行けば、次は次でまた相談に乗るよ」弥生は、理沙のこんなところが気に入っていた。

少し気が楽になった弥生は、高校生活最後の学期のため机の整理でもと、
机の中を片付ける余裕が出来たのか、引き出しを開け中の物を丁寧に机の上に乗せて行った。

すると、まだ小学生だった頃のノートが一冊出てきた。
何かを書いた記憶があったのだが忘れていたものだ。

それが大切に保管していた事を思い出すのに時間は掛からなかった。
祖母から聞いた話しをその時の弥生なりに書き留めたものだった。

「あっ!」弥生は、その時の自身の気持ちと祖母の言葉を思い出したのだった。

風と香りの中で 33

店は、あと少しで閉店の様子で真理子は、出来るものでよければと
7人はそれでもいいと星一は「すいません店を閉めるところに・・・。」と頭を下げた。

「この間のオムライスが美味しくて、私がここがいいってね、閉店時間も知らなくて・・・。」と瑠璃子も頭を下げた。

「いいですよ、お客さんが来てくれる事はうれしいことなんだから」
真理子は、ぽっちゃりとした顔つきに笑顔いっぱいで微笑んだ。

「お父さん、何が出来るの!」と厨房で片付け始めてた両親に向かって尋ねた。

「そうだなあ、何でもOKだ!」と、今日最後のお客さんに誠意を見せる言葉だったが、
星一達は、それぞれに違うものを注文したので出来ない物もあったのだった。
が、皆は特に気にする事もなく出来るものを作ってもらった。

「すいません。」と真理子が注文の物が出来ない事に誤りに来たが、「大丈夫だよ!」星一は、微笑んだ。

その笑顔が真理子の胸の中で何かがざわめいた事は、真理子自身気付かなかった。

「そうだ!大森も沢田も今年、成人式だっけ?」と星一は、何か思いついたように聞いた。

「そうですよ!あんまし行きたくはないけど・・・。」沢田は答えた。
「俺は、楽しみなんですよ。最近、会ってない仲間に会えるしね。」と嬉しそうに言ったのを、
沢田が「お気に入りの娘が居るんですよ。

大森には、卒業式に告白するはずが、言えなくて・・・。
今なら言えるとかで、張り切ってるんだよな!」そんなことはないよ、
卒業式の時は具合が悪くなって最後の最後に保健室で寝てたんだ!と言い訳をしたが、
弘幸が極度の緊張で腹が痛くなったそんなところじゃないのと
「何で今迄、告白しなかったんだ、2年位の猶予は遅過ぎるかもな、
今は彼氏が居てごめんなさい!ってとこかな」と星一は、大森を見て続けた。

「成人式では告白出来るって根拠は何なんだ?」と首をかしげその答えが聞きたかった。

星一も、告白など一度もした事もなく何時も女性の方からだった。
それも結局上手く行かなかった。

自分の意思が何時も星一を悩ませたのだが、今、星一は自分の気持ちを決めなくてはいけなかった。

告白して断られるかもしれない、だからと言って加奈を保険として、
別れずに居る事は星一にはそれが出来なかった。

「根拠なんてないですけど、社会に出たら何か自信が付いたって言うか・・・。」と大森が、
照れくさそうにスキー焼けしてる顔がさらに赤くなったように見えた。

「かっこいい!!」と瑠璃子と町子が茶化した。
ますます大森の顔が赤くなるのを皆は、笑いながらそれぞれに頑張れと応援した。

自分に出来るだろうか、このまま加奈と付き合っていって結婚して行く事の方が楽じゃないのか?
また、迷いが出てきた星一は、「帰ろうか!」と席を立った。

店を出るときに7人は、「ありがとう御座いました。」「美味しかったです」「また来ます」とまちまちに声を掛け店を出た。

「お兄ちゃん、楽しかったよ!」と先に瑠璃子を送り、自分の車を駐車場に戻すと23時過ぎ外は冷え切って、
見上げた空には無数の星が輝き、寒さを一層感じさせ音もなく風が吹き抜けると、何故か寂しさをも感じさせた。

風と香りの中で 32

帰りは、弘幸の運転で星一と運転している弘幸以外全員が疲れたのだろうか、深い眠りにいた。

バスにしろ電車にしろ微妙に揺れる乗り心地は人を眠りに誘う。
「なあ!せいちゃん、彼女の事、実際どう思ってんの?」弘幸は、昔からの馴染みだから星一の事は、判っているつもりだった。
が、女性の事となると弘幸も星一の考えが判らなかった。

「学生の時も、彼女出来て何ヶ月も付き合って続かなかった時も・・・。
判らないっていってたよな。
それも彼女の気持ちがじゃなく自分の気持ちがなんて・・・。
そう言って別れたり」
弘幸は、小さく話しながら星一の気持ちを探った。

「あれは、彼女が何で手も繋いでくれないのとか、・・・好きじゃないんでしょなんて・・・。
判んないよそんなの、嫌いでもなかった一緒に居ても楽しかった。
他に好きな娘でも居るんでしょなんて、会うたびに言うから疲れちゃうんだよな。」
星一は、フロントガラス越しに見えるどんよりとした冬空の遠い先を見ているかのように小さく呟いた。

「そんなんで振られたこともあったしな、判んなかったあの時は・・・。」
見つめたままの瞳は、どこか寂しげで「なあ、ひろちゃん・・・。」そう言って暫く黙ってしまった星一に弘幸は、
ひとつ後ろに座っている星一を、ルームミラー越しに見て「ん!何か?」と
「結婚すんだよな、そう思った心境って何?」星一は、助手席で眠ってる晴香さんを見た。

「何だろなー、ズッート一緒に居たいって確かそう言われて、結婚すればズッート一緒だろ、それでかな・・・。」
弘幸は何も難しくは考えていなかった。

「ひろちゃんが、言った事だよ」寝ていると思ってた晴香が、
シートに横向きで持たれたまま目を開くとそお言って星一を見た。

「えっ!俺が言ったんだっけ。」と苦笑いしながら晴香が起きてたことは誤算だった。

もちろん晴香も同じ気持ちだったのだろう。
「そうよ、忘れたの?」と運転してる弘幸を覗きこんで微笑んだ。

星一は、どっちが言ったなんて事はどうでも良かった。
そうだよな、結婚ともなると2人の気持ちが重ならないとそうはならない。
と2人を見てお似合いだもんなと思った。

「せいちゃんは、彼女が出来た事は聞いてるけど、
何か、気がない見たいだってヒロに聞いたけど好きじゃないの正直なところ・・・。」
晴香は、星一を何で付き合ったのと言わんばかりの顔をして尋ねた。

「んー、嫌いじゃない。違う!そうじゃない」星一は、何か判りかけてきた自分の中にあるその思いが何なのか。
それ以上なんだ。

そうだ!星一は、胸の内で叫んでた、それ以上なんだと

瑠璃子は、ゆっくり目を覚ますと「おはよう!」と呟き「良く寝れた!」と両腕を小さく伸ばし
隣の町子がまだ寝てるのを見て「良く寝てるねー」と町子の顔に自分の顔を近付けた。

起き掛けの眠りが人の気配を感じたのか町子は、パッと目を開けて目の前にあった瑠璃子の顔を見て驚いた。

「わっー!」とその声で沢田も、大森も何事かと見事に目を覚ました。
星一と瑠璃子、弘幸、晴香の4人は大笑いした。

車は、既に自分たちの住む町の中にいた。
20時前そんなに遅い時間でもなかった「何か、食べていこうか?」弘幸が言った。

もちろん全員賛成で、瑠璃子が、年末に星一と言った食堂を勧めた。

「おにいちゃん、こないだ行ったオムライスのお店がいいな。」と提案すると、
誰も反対するものも居なく「オムライス、美味しかったよー」と瑠璃子は、
その香りと味を思い出したのかお腹が鳴ったのを、また皆大笑いした。

「じゃあ、そこで決まりだな。」と弘幸は、星一に場所を聞くと車は、目的地に向かって走った。

風と香りの中で 31

元旦だと言うのに大勢の人が居る。
星一は、昨日少しだけ瑠璃子と町子とも初めてなのでスキーの着け方から、そして歩き方を教えた。

着けたとたん前のめりになる瑠璃子と尻餅ばかり付いている2人は、
その度に奇声を上げては大笑いして、とても滑り方の基本さえ覚えるまでもなく瑠璃子は、
疲れたからもう戻るとホテルに戻ってしまった。

翌日、元旦は良く晴れていた。
星一の後輩の沢田と大森は、瑠璃子と町子に滑り方を、また1から教えていたが、
星一が教えた時と同じように中々要領を得ないのか、元々運動神経が悪いのか思うようにいかなかった。

「もー、何でもっと簡単に滑れないのよ!」と、疲れてきたのか瑠璃子は、
辺りで上手に滑ってくる人達をみながらイラついていた。

ところが、町子は、何とか足をハの字にして5メートルくらい下に滑り、
振り返ると「ルリー出来たよ。」と、うれしそうに瑠璃子を見ていた。

「何よそれー、ちーちゃんズルイ」と先を越された思いが瑠璃子にやる気を出させた。

「もりさん、教えてちゃんと滑れるようになるまで・・・。」
「おお!やる気出てきたの?」と大森は、
気合の入ってる瑠璃子を見て滑れるようになるまで頑張るかと、自分も気合を入れた。

沢田は、町子の所に行くとスキーを履いたままの歩き方を教えていたが、
これまた足が広がっては転んでばかりに町子は、笑っていた。

瑠璃子が、やっと少し滑る事が出来た頃スッート上から降りてくるとザザッと雪をかき上げ瑠璃子の前に星一が現れた。

「どうだ、調子の方は・・・。」と大森達を見て尋ねると、
「何とか滑る事が出来るようになったところですよ、先輩、休憩ですか?チョット休みますか?」と、
近くにあった休憩場を指差した。

「そうしよか?」と瑠璃子達に声を掛け5人は、休憩所に向かった。
「お兄さん上手だよね、私もあんな風に滑れるようになるかなぁ?」」と町子は、瑠璃子に話しかけると
「毎年、冬になるとスキーばかりしてるんだもん!今回は、加奈さんと一緒に行くのかなって思ってたのに、
誘ってもいないんだから可哀想だよね。」

それを聞いてた、大森が瑠璃子の話に食いついた「あっそうだ!先輩、彼女出来たんですよね。」すると、
沢田も「何で、連れてこなかったんですか?」と星一に尋ねた。

「何に、する?温かい飲み物でいいか?」と、大森と沢田の尋ねたことには答えず、皆に聞いた。

「ね!加奈さんのことには触れたくないみたいでしょ。
瑠璃子は、兄が家に連れてきたことやその後の兄の態度が気になっていた事を、
昨夜、布団の中で町子に話しながら2人は眠りについていたのだった。

星一は、今は何も考えたくない気持ちが強く、
いつかその答えを出さないといけないことは判ってはいたが、
考えれば考えるほど気が重くなって行く自分が嫌になっていた。

大勢居る中では、何も、考えないし思わないだから今だけの時を過ごすことで星一が、
気持ちを楽にしていたことは誰にも判らない事だった

瑠璃子たちも、2日の間でリフトに乗って上から恐る恐るだが、
ボーゲンでゆっくり滑ってこれるようになっていた。