時と共に優しく 4

数日後、公園に数人の男の子たちが茂みに集まり騒いでいるのを見た椋は、
急いで近寄っていった。

「何だ!おまえ!」と体の大きなその男子は、
不思議そうに見ながら声をかけると、
「さきさかの妹だよ!」と答えた。

「何だよう!何か用か」椋は、黙ったまま佇んでいた。
長い棒を持った男子は「邪魔だから、あっちへいけよ!」
「あっちへ行けよ!」
と隣に居た男子も続けて同じ事を言うと、
茂みの中から数人の男子が出てきて
「おい!こんなもんがあったぞ!」と椋の書いた絵が数枚と、
公園に咲いていた沢山の小さな花と椋の茶碗を持って出てきた。

「何だそれ、下手くそな絵だなあ」と破り捨て、
1人の男子は、「ここであの猫を飼ってたみたいだ」
と茶碗を投げ捨て、ガシャンと割れてしまった。

椋は、震えていた哀しみと怒りがその小さな胸の内で鼓動が早く高く抑えきれない気持ちが・・・。
「おい!早くあの猫を見つけて退治しよう」
男子達は、公園を走り回り探し回っていた。

「くも、出てこないで!」椋の願いも思いも叶わず、
くもは、椋を見つけるとにゃーと駆け寄ってきた。

「あっ!いたぞ!」
男子達は、再び椋の周りに集まって来た。
椋は、慌ててくもを抱き上げ
「くもに、何するのよ!」大きな声で尋ねた。

「そいつは、公園を荒らす悪い奴だから、俺たちが退治するんだ」
「くもは、何もしてない!」
「ダメだ!もう、俺達の裁判で決まった事だから」
「それで、くもをどうするのよ」
「死刑に決めた。」
体の大きな男子は、長い棒を片手で持ち上げ一振りして見せた。

周りの男子は、手に石の様な物を持っているのが見えた。
「やめてー!くもは、何もしてないよ」
椋は、真剣な眼差しでその男子と対峙し抱えられたくもは、
にゃーと何度も鳴いていた。

「その猫を渡せ!」
「いやよ!」
絶対に守ってあげるからと椋は、胸の内でくもに言っていた。
その瞬間、大きな男子が長い棒をふり廻した時に椋の頬をかすめ、
「キャー!」
椋は、その痛みと共にくもを放してしまった。

くもは、茂みに走った。
椋も走った。
自分のその痛みを抑えてみるみる内に血が流れ出て来たが、
くもを守ろうと気にもしなかった。

時と共に優しく 3

「むく、あんたパパに私達の事、告げ口したしょ」
「悪く、言ったんでしょ、
はいこれ、あんたが何時も置きっぱなしにしてたから、
私たちが片付けて置いたのよ」
2人の姉は、矢継ぎ早に捲くし立て、
椋の書いた絵を投げ捨てた。

椋は、俯きながら「パパの嘘つき!」と小さな声で呟き、
約束を守ってくれなかったと悲しい気持ちが湧き上がってきた、
が、小さな心ながらに泣かないと決めていた椋は、
唇をかみ締め耐えていた。

信じるもの全てが滲んで見える椋の心は砕け散ってしまいそうなくらい高鳴る鼓動を、
自分の絵を拾い上げ家を出て、公園に急いだ。

「くも、くも!」茂みの中を覗き込み呼んでいると、
にゃーと飛び跳ねるように椋の、背後から現れた。

「何処行ってたの」椋の足元をくるくると回りながら、
体を摺りよせ甘えてきた。

「あったよ!ほら、私が書いたのよ、判るこれはあなたよ」
くもに見せてもわかる筈もなかったが、
にゃーと椋を見詰めた。

そして、ベンチに座り椋の横で寝そべるくもに、
自分の歌を小さな声で聞かせた。

時と共に優しく 2

「むくに、ひとつ聞いていいか!」
お風呂の中で椋と父親は、何時ものように話をしてた。

「なあにぃ!」
「ママから聞いたぞ!お姉ちゃん達の言うことを聞かないって」
「えっー!うそだよ、わたしなぁんにもしてないのに何時も私の事悪くいうから、
むくは、お姉ちゃん達キライ!」
「そうかー」
「そうだよー、わたしなぁんにもしてないもん!」
椋は、口を尖らせその数々を思い浮かべていた。

「それでねーわたしの書いた絵を何処かに隠してるもん、パパ探してよ」
まん丸なその目は、何かを訴えてるように父親を見詰めていた。

「わかった、むくは、学校に友達いるかい」
「いないよ!」
「そっかぁ、じゃあ何時も何してるんだい!」
「絵を描いたりー、心の中で歌をね、歌ってるの」
と子供ながらに自分の秘密にしている事を、
父親に話しながら照れくさそうに、
少し上目遣いでそう答えた。

「むくは、歌も絵も好きなんだ。」
「うん!」更に嬉しそうに大きく返事をしたその声は、
風呂の中ではとても綺麗に響いて聞こえた。

「それに、わたし詩を書くのも好きだよ、
白い猫に合いました  汚いけれど とても可愛いく わたしはお友達になって・・・・。」
むくは、目を閉じて、何度も書いていたその詩を暗記していた。

「上手だな!、でも、家は猫は飼えないからな!」
「うん!いいのよ!くもはきっと一匹で居る方がいいと思う、
だって他の人が来ると逃げてしまうもの」
その白い猫にくもと名づけ読んでいた。

真っ青な空にふわふわな真っ白い雲、
空を良く見上げていた椋は、
雲に似ていると付けた名前だった。

「あのね、パパ、誰にも言わないでよ、わたしの秘密だからね!、約束ね」
「ああ!わかった!」
唯一、父親だけには心を開く椋は、
自分の秘密を打ち明け嬉しくなったのか、
小さな声で歌い始めた。

「むくは、歌も上手だし声も綺麗だ」と褒めたが、
声は思春期に変わってしまう、
が、父親は我が子ながらと関心していた。

そして、
その心の何か子供にしてはあまりにも切なく哀しく聞こえたのか、
そっと抱きしめた。

時と共に優しく 1

向坂 椋(むく)はまだ、小学校に入ったばかりの7歳だった。
2人の姉は既に高学年で仲が良かったが、
椋の事はあまり相手にせずにいつも1人で居た。

「わたし、むくの事嫌いだよー、わたしも、だっていつも汚いんだもの」
椋は、黙って絵を描いていたが、姉の会話は良く聞こえていた。
まだ、幼い椋の心はそんな会話を深く刻み込んでいたのか、
2人の姉とはいつも距離を置いていた。

それは、無意識にそうさせていたのか自身の気持ちの中でそうしていたのかは判らなかった。
が、そんな、椋に姉たちの偽りの話しを信じていたのか母親は、椋に辛く当たっていた。

椋は、その度に只、「ごめんなさい!」と誤るだけで何故、叱られたのかも判らないまま、
月日が過ぎてもそれは、変わらなかった。

ある日、椋は1人でブランコに乗っていると、
何処からか聞こえて来る猫の鳴き声に
「何処に、居るの?」と辺りを探し回っていた。
小さな植え込みの茂みの中を覗くと小さな白い猫が、
うずくまるように鳴いていた。

「おいで!」白い猫は椋を見つめるだけで、
逃げることもしなかったし寄って来ることもなかった、
椋は、来ない猫に一生懸命話しかけついには、
自分もその場に寝そべって微笑みながら何度も呼んだ。

すると、白い猫はフラフラと椋に寄ってきた、
子猫でもないその猫は何日も食べていなかったのか痩せこけていた。

椋は、驚かさないようにジッと間近に来るまで待っていた。
猫はそんな椋に危険がないと感じたのか椋の顔に顔を摺り寄せ
にゃーと鳴きながら何度も摺り寄せ、その場に寝そべった。

「お腹空いてるの?」椋は、猫のその体型を見て言った。
椋は、その汚れた猫の汚れが顔に付いてるとも気付かずに
「ちょっと、待っててくれるぅ」と体を起こし、家へと急いだ。

勿論、その白い猫も椋の後ろに付いて走ったが、
思うように走れなかったのか途中で止まり椋を、
にゃーと鳴きながら見送った。

椋は、寝そべった時に付いた、
土の汚れも気にせず早くその猫に何か食べさせてあげようと
その気持ちしかなかった。

家に着くと自分のおやつと冷蔵庫から牛乳を取り出し、
いつも使っている自分の茶碗を持って出て行こうとした所を、
1人の姉に見つかってしまった。

「むく、何してるのそれ持ってていけないんだよ、ママに言うよ。」
椋は、構わず急いで出て行った。

探していた、緑のライム

 あゆみの目の前には、ジンライムのグラスが置かれている。
あゆみは、さっきからじっとグラスをみつめたまま、ぼんやりしている。
カウンターの席について、ジンライムが運ばれてきてから、
あゆみは一口も手を付けていなかった。
「あの、よかったら、ぼくらと一緒に飲みませんか?」
 ぼんやりしているあゆみに、しばらく前から、あゆみの席からふたつばかり隣席で
飲んでいた二人組の男のうち、ひとりが声を掛けてきたのだ。
 男はいかにも遊び慣れています、という雰囲気が漂っていた。
よく見ればなかなかのハンサムだ。
職業は、モデルかなにかかも知れない。
女性誌のグアビアを飾っていても、不思議はないほどだ。
 あゆみは黙って、首を横に振った。
 男はキザに首をすくめると、連れの男のところへ帰っていった。
 冷房の効きすぎる店内の温度に、あゆみは肌寒さを感じた。
(そろそろ、かえろうか?)
 あゆみは、していたブレスレット風の時計に、目をやった。
 あゆみは、ジンライムのグラスを手に取った。
が、そのまま口を付けずに、コースターの上に戻した。
 ジンライムの氷は、溶けて無くなりかけていた。
 あゆみは、物憂いげに席を立つと、そのパブを後にした。

「喉が乾いたわ」
 ヨットのデッキで日光浴をしていたあゆみが、
サングラスをずらして舵を取っていた敏夫を振り返った。
「けっこう、いいプロポーションしてたんだ。
それともきょうは、ぼくの目が太陽にやられたのかな」
 敏夫は、あゆみの裸身に近いような水着姿を、まぶしそうに見ながら言った。
「いままで気が付かなかったのは、目が悪かったからよ。
きょうは、強い太陽の光で消毒されて、目が直ったのね。
それより、なーに?その嫌らしい目」
 と、あゆみが微笑みながら言った。
「男はみんなこんなもんさ」
 敏夫が笑った。笑顔の口元からこぼれる白い歯が、
たくましく日焼けした敏夫に、よく似合っていた。
「喉が乾いたわ。なにか飲物もらえる?」
「OK、ちょっと待ってろよ」
 しばらくして、細かく砕いた氷を満たしたグラスとジンの瓶を小脇に抱えて、
キャビンから敏夫が戻ってきた。
「もう!飲んべなんだから、昼間からお酒?」
 あゆみのあきれた声に、敏夫は笑ってうなずいた。
「まあ、見てろって」
 敏夫はグラスをあゆみの傍らに置くと、ジンの蓋を開けた。
それから、氷で満たされたグラスにジンを注いだ。
 そして、にこっと微笑むとパンツのポケットから、ライムを取り出して、
あゆみに示した。
 強い夏の日差しに照らされて、ライムの緑がすがすがしく、あゆみの眼に映った。
 敏夫は、ライムをふたつに切ると、ごつくてたくましい手の中に握った。
そして、グラスを引き寄せると豪快に、握りつぶした。
 ほのかに緑色をしたライムの透明な果汁が、
グラスの中にしぼり込まれていった。
「ほら」
 あっけに取られているあゆみに、敏夫がグラスを手渡した。
 手渡されたグラスは、冷たくて気持ち良かった。
「けっこう、いけるんだぜ」
 あゆみは、ちょっとためらったが、ゆっくりとグラスを口に運んだ。
 絞りたてのライムの香りと、
ちょっと強いジンの刺激が口のなかいっぱいに広がった。
「おいしい!」
「だろ」
 敏夫が笑った。
 さわやかな潮風が、あゆみの頬を撫で、長い髪をたなびかせた。
「いっけね。風が変わった」
 敏夫は、帆を立て直すために、グラスを置いて慌てて立ち上がった。
 あゆみは寝そべって、空を見上げた。
青い空には、夏の白い雲が気持ちよさそうに浮かんでいた。
 昨年の夏の出来事だった。

 それから数カ月後、あゆみと敏夫は、つまらない行き違いから、別れてしまった。
 そして、また夏がきた。
 最近、夏になってから特に、あゆみは寝つかれないことが多かった。
そして、決まったようにジンライムが飲みたくなるのだ。
 だから、ふらふらと夜の街にでかけてゆく。
そして、適当なパブを見つけてはジンライムを注文した。
しかし、あゆみは、いつもジンライムに手を付けずに帰った。
 ジンライムを飲みに出かけるのに、それは奇妙なことだった。
ジンライムを前にすると、あゆみは、急に飲みたくなくなってしまうのだ。
 あゆみは、そのことを奇妙に思っていた。
がしかし、答は意外に簡単なことかも知れない。
こういうことは、なかなか本人には分からないのかも‥‥‥

 今夜も、あゆみはジンライムを求めて、一軒のパブのドアを入っていった。
 あまり流行らない店らしく、薄暗い店内に客の姿はほとんど無かった。
ただ、酔いつぶれたらしい客が、カウンターの隅で座ったまま、うつ伏せに寝ているだけだっ
た。
 店内には、スローテンポのジャズが流れていた。
古いレコードらしく、時折ぱちぱちと、レコード特有のノイズがはいっていた。
CDに慣れてしまった耳には、ノイズが心地よく感じられるから不思議だ。
 あゆみは、その酔いつぶれた客を避けて、反対側のカウンター席に腰掛けた。
「いらっしゃい。なんにしましょうか?」
 中年の感じのいいバーテンが、あゆみに注文を聞いた。
バーテンの声は、低く静かなトーンだった。
「ジンライムを」「ジンライム!」
 寝ていた客が、自分が注文を聞かれたものと思ったのだろう、
あゆみと同時にオーダーを口にしたのだ。
 バーテンがあきれた顔で、その客の方を振り返った。
その客は、どうやら眼が覚めたようだ。
普通に起きあがっている。
しかし、まだ眼はうつろだ。
 あゆみは、その客がおかしく思えたので、
微笑みながらなにげなく、声の主に目線を移した。
 あゆみの顔から笑みが消えた。
「敏さん、きょうは、そのくらいにしておきなさいよ」
 と、あゆみのジンライムを作りながら、バーテンが言った。
 酔っぱらいは、敏夫だったのだ。
 あゆみと、敏夫の視線が合った。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「さあ、どうぞ」
 というバーテンの優しそうな声と共に、あゆみの前に、
ジンライムのグラスが置かれた。
 夏の終わりの出来事だった。

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