「弥生ー!」どこからともなく女性の声が、
小さな明かりと共に近付いてきていた。
「母だわ!」弥生が呟くと、坊主頭の男はその明かりの方を見ながら
舌打ちしたのは弥生に聞こえなかったが、
「じゃあ、今度来たときに返事くれよな」
男が去って行くと、立ち尽くした弥生にその明かりが届いた。
店のママさんから家に、弥生ちゃんが帰ったから迎えに来るように電話していたのだ、
車の通りはあるものの歩道には、所々しかない街路灯は薄暗く、
母親は懐中電灯を持って迎えに来たのだった。
「どうしたの、今、誰かと一緒だった!、
だから、1人の時は店に行かないように言ってるでしょ
まさかバイトに言ってるなんて私は、聞いていないわよ!」
と元気のない弥生を見て、
何かあったんじゃないかと心配して言った。
「何でもないから」弥生は、ほっとした気持ちを押さえながら歩き始めた。
言葉とは、不思議なもので心裏腹に飛び交い人の心をも迷わす。
時には乾いた心の特効薬にもなるが、
人の純粋な心をもてあますかのように人生を変えてしまい、
死にいたるところまで追い込む凶器にもなる。
その真実を見つけるのは自分しかいない、
私利私欲の為にもっともらしい事を伝えるのにはとても便利なもので、
どれだけの人が悲しみに落ちたのだろう、
偽りに気づいた人たちの心をあざ笑うもっともらしい言葉は、
見上げた夜空の無数の星の数ほど多いのかもしれない、
どっちにしろ人とは切ないもので・・・。
弥生は、寒い夜の薄暗い街頭の下で、無理やりにでも抱きしめられて、
愛してると言われて居たのなら、
その言葉だけが心を迷わしその女性の母性がどうしていいか判らない状態から、
求愛されたら、返事はいいわよ!って囁いてたのだろうか。
そして、坊主頭の男は最初で最後のチャンスを
失くしてしまったのかも知れない。
そのころ店では、狐目の男が、誰に言うともなく
あんな可愛い彼女が出来たなんて、
いいよな!なんて、作り話を呟いた。
当然、弥生との付き合いを望んでいたものは、
信じてしまえばここで終わりなのだろうが、
信じない者は、きっとぼやぼやしてられないと
告白の時期を早めるだろう。
やがて来る春を見つめながら、
冷たい風は今日もどこ行くとも知れず人々の心を吹き抜けていく